東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)156号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、次に説示するとおり、第二引用例記載の技術的事項を誤認した結果、本願発明は、第一引用例及び第二引用例から容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち
前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(昭和五二年三月二二日付特許願書並びに添付の明細書及び図面)、同号証の二(昭和五五年四月二四日付手続補正書)及び同号証の三(昭和五六年四月七日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、単極式の竪型電解槽を用いたアルカリ金属塩水溶液の電解方法に関する発明であつて、従来、この種の電解に用いる電解槽には、大別して単極式のものと複極式のものとがあり、単極式竪型電解槽においては、特に陽極では、板状電極をフレーム状に形成した電極構造体が知られており、この種の電極構造体の形状としては、電極板を箱型に構成し、これに電極リードバーを直接溶接して通電する方式と、電極リードバーと電極板の間に導電板(導電性分散体)を設け、電極板の内面及び電極リードバーの外面に溶接して通電する方式とが一般的であつて、本願発明は後者の方式を採用するものであるところ、この方式のものは電力コストが安く有利ではあるが、従来のものにおいては、電極内部の電解液が、発生するガスを多く含んで見掛け比重が小となり上昇流を生じ、上昇してガスを放出するが、ガスを室外に排出した上部の比重の大きい液は下降して下降流を生じ、これが上昇流とぶつかり、その流れを弱め、したがつて、発生ガスを押し出して新しい電解液を供給する電解液の内部循環を弱める結果、電解電圧の上昇や電流効率の低下を招くという欠点があつたことから、本願発明は、こうした欠点を除くことを目的ないし解決課題とし、本願発明の要旨(特許請求の範囲(1)の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したもので、特に、電極リードバーから電極板に通電させる導電板、すなわち導電性分散体の形状を電解液の対流を生ずるに十分な長さの筒状に構成することにより、電極フレーム内の電極リードバーの外周に発生ガスの不通過領域を形成するとともに、該領域を電解液の下降流通路として働かせることにし、それによつて発生ガスを多く含んだ電解液の上昇流と電解液の下降流とを分離し、上昇流と下降流とのぶつかり合いを生じさせないようにして、電極室内の電解液の内部循環を促進させ、その結果として、発生ガスの除去をスムーズにし、電解電圧を低下させ、電流効率を向上させるという所期の効果を奏するものであることが認められる。他方、第一引用例及び第二引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された公開特許公報であることは原告の明らかに争わないところであり、第一引用例及び第二引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは、原告の認めるところである。
ところで、本件審決は、第二引用例の第3図及び第4図には、電極支持棒の外周に設けられた可動性の電導性連結装置のそれぞれの側にある一対の部片とそれらに設けられたスロツトに挿入された間隔板とによつて区画された室が図示されており、右室は、発生ガス不通過領域を形成しているものとみられ、また、電解液の対流を生ずるに十分な長さを有するものであり、当然電解液の下降流通路として作用するものであつて、その室の構造及びそこで奏する作用効果は、本願発明の筒状の導電性分散体の構造及びそこで奏する作用効果と格別異ならない旨認定判断するところ、原告はこれを争うから、検討するに、前示本件審決認定のとおりの第二引用例記載の事項に成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)を総合すれば、第二引用例記載の発明は、拡張及び収縮可能な電極、詳しくは電解槽に挿入後に拡張することのできる電極に関する発明であつて、電解槽内の電極の間隙を減少せしめる装置を提供し、それにより該電解槽の組立ての容易性を損なうことなく操作能率を増加せしめることを主たる目的ないし課題とし、右課題解決のため、電極支持体、電極作用面及び該作用面を該支持体に連結せしめる可動性の電導性連結装置からなり、該支持体と該作用面との間隔を変化させることのできる拡張及び収縮可能な電極という構成を採用したものであり、右構成を採用することにより、<1>該電極を隔膜電解槽の陽極として使用する場合、隔膜で被覆された陰極と収縮した状態で配列することができるので、収容が容易で組立てが簡単になり、<2>収容された陽極は、極めて簡単に拡張することができ、そうすることによつて、陽極と陰極間の間隙を減少若しくは実質的に除去することができるので、電圧を節減することができ、また、高電流密度で操作でき、電解槽の単位面積当りの生産を増加できる、<3>従来のものより、電極支持体(支持棒)の直径を減少することができ、その材料費を節減できる、<4>従来の陽極のように、電極作用面を電極支持体(支持棒)に直接溶接せず、電導性連結装置で連結しているので、陽極が破損した際の修理が簡単である、という作用効果を奏し得るものであること、そして、図面第3図は第二引用例記載の発明の拡張した形態の陽極の一態様、第4図はその収縮した状態を図示したものであることを認めることができる。右認定の事実によれば、第二引用例記載の発明は、本願発明とその発明の目的ないし課題、課題解決の方法及び作用効果を異にすることは明らかであり、両者はその技術的思想を異にするものというべきである。被告は、第二引用例の図面第3図及び第8図に示されたものは、可動性連結装置と間隔板とによつて形成される筒状体が、本願発明の導電性分散体に相当し、右筒状体で形成される室が、その構造から電解操作時には電極作用面から発生するガスの不通過領域を形成し、本願発明と同様の循環流を生ずる効果を奏することを看取し得る旨主張する。確かに第3図に示されるものにおいて筒状体で形成される室が電解操作時に電極作用面から発生するガスの不通過領域を形成していることは認めることができるが(この点は、原告も認めるところである。)、右筒状の室の上端部の高さが電極作用面の上端部の高さと同じように図示されており、また、右室の上部開口部の断面積は、電極作用面に囲まれた発生ガス通過領域の断面積に比べてかなり小さく図示されていること、並びに前掲甲第五号証によれば、被告指摘の第8図は可動性連結装置の収縮時の状態を示すもので、その拡張時の状態は第9図が示しているところ、第9図に示されたものは筒状体を形成しているものとは認められず、したがつて、電解液の循環の技術的思想を示すものと認め得ないこと、並びに前認定説示のとおり第二引用例が本願発明と技術的思想を異にし、本願発明の有する技術的思想(電極フレーム内の電極リードバーの外周にガス不発生域を形成し、該領域を電解液の下降流通路として働かせるという技術的思想)を欠く点を総合考量すれば、第二引用例の図面第3図の右室が電解液の対流を生ずるに十分な長さを有し、しかも、電解操作時に電解液の下降流路として電解液の循環を促進させる機能を有するものとは到底認めることができない。なお、この点に関し、被告は、第二引用例に示されるような電極は、乙第二号証の二の図7―5に示されるように、電解液中に沈めて配置されるのが通常であるから、筒状体の上部は、電解液の液面より下に存在するのであつて、この場合、電解液は、電解の結果発生したガスにより電極面に沿つて上昇し、筒状体で形成される室を通つて下降し循環流を生ずることは、当業者にとつて自明のことであるから、第二引用例には、電解液の対流を生じるに十分な長さの筒状の導電性分散体が記載されているということができる旨主張するが、右主張は、第二引用例が電解液の循環に関する技術的思想を有することを前提としてはじめていい得るところ、前認定説示のとおり、第二引用例は、この点に関する技術的思想を欠くものであり、被告主張の自明の事項を考慮に入れても、第二引用例記載の発明の実施例であるその第3図の記載からも、その筒状の室が電解液の下降流路として機能し、電解液の循環を促進させる構造を有するものと断定し得ないから、原告の右主張は、採用することができない。
そうすると、本件審決は、本願発明をもつて第一引用例及び第二引用例に基づいて容易に発明をすることができるとしたものであるところ、前認定説示のとおり第二引用例記載の発明の技術的事項を誤認したものであるから、これが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
少くとも一方の電極を、両面に極板を有する電極フレームで構成した単極式竪型電解槽を用いた電解方法において、電解液の対流を生ずるに十分な長さの筒状の導電性分散体を用いて、該電極フレーム内の電極リードバーの外周に発生ガス不通過領域を形成し、該発生ガス不通過領域を電解液の下降流通路として働かせ電極室の内部循環を促進させ、かつ電流密度一四A/dm2以上でアルカリ金属塩水溶液を電解することを特徴とする電解方法。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)(省略)
別紙図面(二)
<省略>
<省略>
別紙図面(三)
<省略>
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